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2300年も支配されたエジプト

新王国時代後のエジプト

エジプト ギザ スフィンクス

他民族がエジプトに侵略して支配するようになります。

紀元前332年にはマケドニア王国アレクサンドロス大王に支配されます。

アレクサンドロス大王はエジプトのファラオにもなりました。

エジプト人にとっては不遇の時代が長きに渡り続くことになります。

 

他民族に支配されたエジプト人が次に自分たちで国を治めるのは一体いつでしょう?

エジプト人が再び自分たちで国を治めるのはなんとつい最近の1952年です!

つまり、約2300年もエジプトは他民族に支配されていたのです。

支配していたのはプトレマイオス朝、ローマ帝国、ビザンツ帝国、ウマイヤ朝、オスマン朝などそうそうたる顔ぶれです。

私たちが思い浮かべるエジプトのイメージははるか昔のエジプトのような気がしてきました。

 

他民族に支配されている時代に有名になったのがクレオパトラ

エジプト ガーマ・スルタン・ハサン

紀元前69年にプトレマイオス朝最後の女王クレオパトラが生まれます。

父が先代の王でしたが、クレオパトラが18歳の時に亡くなります。

クレオパトラはプトレマイオス朝の慣例に従い、弟のプトレマイオス13世と結婚します。

二人は共同で王位に就き、エジプトを治めることになりました。

しかし、その弟がクレオパトラを追い出します。

カエサルはクレオパトラとプトレマイオス13世夫妻の和解を図るために両者をアレクサンドリアに呼び出そうとします。

クレオパトラはプトレマイオス13世と戦闘をしていたのでアレクサンドリアに赴くことは困難でした。

そこでクレオパトラはじゅうたんにくるまって身を隠し、ローマから来たカエサルの前に姿を現したと言われています。

クレオパトラはカエサルを魅了し、2人は愛人関係になります。

プトレマイオス13世はカエサルとの戦いに敗れて死去します。

クレオパトラはもう1人の弟であるプトレマイオス14世と再婚します。

クレオパトラは弟と結婚しつつもカエサルに守られながらローマで暮らします。

しかし、カエサルが暗殺されたためクレオパトラはエジプトに帰ります。

結局、クレオパトラはカエサルとは一度も結婚はしていません。

その頃、再婚相手のプトレマイオス14世が亡くなります。

クレオパトラはローマで権力を握っていたアントニウスと出会い、恋愛関係になります。

しかし、ローマはエジプト寄りになったアントニウスを敵視するようになります。

ローマはアントニウスとエジプトに対して宣戦布告をします。

敗北したアントニウスは自害します。

捕らわれたクレオパトラもコブラに自身を噛ませて自殺してしまうのです。

 

クレオパトラは純粋なエジプト人ではない

クレオパトラの姿を思い浮かべると、古代エジプト人の姿を思い浮かべてしまいます。

しかし、歴史本を読んでいるとそうではないことが簡単に分かります。

アレクサンドロス大王がエジプトを支配し、その死後に部下のプトレマイオスが王朝を成立させます。

そのプトレマイオスの子孫であるクレオパトラはマケドニア王国の人なのです。

もちろんクレオパトラが生まれるまでにエジプト人の血が混ざった可能性もあります。

そうだとしても、クレオパトラは現在のギリシャ人の先祖になる可能性がもっとも高いと言えるでしょう。


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世界三大美女

世界三大美人とも言います。

世界三大美女を挙げるとクレオパトラ、楊貴妃、小野小町の3人の名が挙がります。

そう、クレオパトラは美人として有名です。

しかし、どうもクレオパトラは見た目が美しいというわけではなかったようです。

それよりも人柄、声、話しやすさなどが評価されていたそうです。

ところで、先ほどの世界三大美女ですが、「クレオパトラ、楊貴妃、小野小町」を挙げるのは日本だけです。

そう思っていた人も多いことでしょう。

なぜなら、日本人でさえ小野小町の顔を知りませんから。

そんな人を世界中の人が世界三大美女に入れてくれるわけがありません。

 

海外では世界三大美女は「クレオパトラ、楊貴妃、ヘレネ」

さて、ヘレネとは誰でしょうか。

ヘレネはギリシャ神話に出てくる地上で最も美しい女神です。

三大美女に女神が選ばれているとはちょっと驚きです。

 

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