ツタンカーメンの黄金のマスクを見てみたい!
エジプト考古学博物館の入館料(日中)は200ポンドです。
時間帯によって料金が変動します。
この博物館の最大の見どころはなんと言ってもツタンカーメンの黄金のマスクです。
ツタンカーメンは若くして亡くなったエジプトのファラオ(王)です。
およそ3300年前の人物です。
諸説ありますが、9歳前後でファラオに即位したと言われています。
9歳と言ったら小学3年生の年齢なのでけっこうなお子様です。
彼は18歳前後で亡くなったと言われています。
なぜツタンカーメンは有名なのでしょうか?
さて、ツタンカーメンがこれほどまでに有名なのはなぜでしょうか。
ラメセス2世やハトシェプス女王など他のファラオのほうが歴史的建造物を残していて有名な気がします。
それなのに、なぜツタンカーメンのほうが知られているのでしょうか。
短い生涯だったからでしょうか。
その答えは意外なところに・・・・・・
実はその答えはツタンカーメンの人生や人柄などとは全く別のところにあります。
まず押さえておきたい点として歴代のファラオのお墓には宝石などの貴金属も埋葬されたということです。
いわゆる副葬品です。
長い年月が過ぎる間に盗賊たちが墓を荒らしてその副葬品を盗んでしまいました。
よって、多くのファラオのお墓からは副葬品がなくなってしまったのです。
幸運なツタンカーメン
例にもれず、ツタンカーメンのお墓にも副葬品が納められていました。
しかし、幸いにもツタンカーメンのお墓は長い間発見されませんでした。
墓が発見されたのはたった100年ほど前。
1922年に考古学者ハワード・カーターがついにその墓を発見します。
ほとんど完全な状態で副葬品が見つかりました。
そして、あの有名な黄金のマスクも発見されたのです。
3000年以上前の宝石類などの貴金属が見つかったことにロマンがあるのでしょう。
世界中で話題になり、無名だったツタンカーメンの知名度は一気に上がりました。
ツタンカーメンの呪い
ツタンカーメンの墓は貴金属が見つかったという明るい話題だけではありませんでした。
発掘にかかわったカーナーヴォン卿が墓の発見後まもなくして亡くなってしまったのです。
さらにカーナーヴォン卿の飼っていた犬までも同じ時に死んでしまいました。
この出来事は「ツタンカーメンの呪い」と騒ぎ立てられ、ツタンカーメンの名はいっそう知れ渡ったのです。
ツタンカーメンが有名である理由がおわかりいただけましたでしょうか。
ミイラとの対面
エジプト考古学博物館のもう一つの見どころがミイラ室です。
ここは入館料とは別の料金が掛かります。
180ポンドです。
入館料とセットで購入すると割引があります。
あのラメセス2世のミイラもここに安置されています。
館内の撮影はできません。
撮影禁止に関係なく、ここで撮影したいという気持ちにはまったくなりませんでした。
ミイラはかつてのファラオなど由緒ある血筋の人ばかりです。
穏やかな表情で眠っているのかと思っていましたが、何かを訴えかけるかのような表情をしているミイラもいます。
怒っているような表情に見えるミイラもいました。
ミイラからけたたましい叫び声が聞こえてきそうでした。
神聖な領域に足を踏み入れてしまったように私は思いました。
同時にこうも考えました。
彼らは3000年以上前にファラオとして崇められていました。
死後埋葬されたにもかかわらず、墓を掘り起こされて遺体を博物館に運ばれてしまったのです。
今では大勢の人の前で見世物にされてしまっています。
ミイラと言ってしまえば、それも問題のないことのような気もします。
しかし、あえて無骨な表現をすると人の死体を展示する無慈悲な行為にも感じてしまいました。
ミイラ室を訪れた後、背徳感にしばらく襲われました。
もしみなさんがこの場所を訪れるとしたら、死者への敬意を払いつつマナー良く行動していただきたいと思います。
ところでエジプトを訪れたら有名な遺跡を自分の目で見てみたいですよね。
でも、その遺跡で発掘した宝物、彫刻物、そして当時の生活を知る道具などの多くはエジプト考古学博物館に展示されています。
ハトシェプス女王のスフィンクスも展示されています。
カイロのエジプト考古学博物館を見学し、さらに国内の遺跡を巡ることで見識を深めることができそうですね。
エジプト考古学博物館は時間を掛けてゆっくり見学してみましょう。
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