このページからはソウルの見どころを説明していきます。
ここでは昌徳宮についてご紹介します。
昌徳宮(チャンドックン)
世界遺産に登録されています。
元々は朝鮮第3代国王太宗(テジョン)が1405年に建立した離宮でした。
豊臣秀吉が朝鮮を攻めた際に民衆の放火によって消失しましたが、15代国王光海君が王宮として再建しました。
昌徳宮で最も保存状態の良い王宮です。
昔の王族の暮らしや政治の中心となった場所を知る上では一番おすすめの場所です。
・敦化門(トンファムン)
昌徳宮の正門です。
・仁政殿(インジョンジョン)
正殿である仁政殿です。
韓国ドラマ『六龍が飛ぶ』の主人公でもある太宗(テジョン)が昌徳宮を離宮として創建しました。
秀吉の文禄・慶長の役で一度消失しましたが、1615年に光海君(カンヘグン)が王宮として再建しました。
その後は歴代の王がここで政治をおこないました。
光海君や兄の臨海君(イメグン)などは韓国ドラマによく登場しますね。
仁政殿の中の様子です。
中央奥の階段を上がった場所に王が座ります。
・宣政殿(ソンジョンジョン)
1804年に竣工した「宣政殿」には王が日常的な政務を行う「便殿(ピョンジョン)」の役割がありました。
学者・官僚の勉強や儒者の試験、宴が開催されたこともあります。
現存する宮殿の中で唯一青い瓦屋根をもつ貴重な建物です。
1920年に景福宮から移されました。
・大造殿(テジョンジョン)
王妃の寝殿だった大造殿です。
中をのぞいてみましょう。
王室生活最後の様子が比較的よく残っています。
近代の家具が多いですね。
こちらも1920年に景福宮から移されました。
・誠正閣(ソンジョンガッ)
誠正閣または内医院(ネイウォン)です。
王位を継承する太子が学者たちと儒教の勉強をしていました。
「喜雨楼(フィウル)」や「報春楼(ポンチュル)」などの楼閣も付属していました。
1910年からは宮中の医療機関である内医院として利用されました。
医女が常に控えていて女性たちの治療を担当しました。
昌徳宮の後苑 *入園料以外に別料金が必要です
後苑は秘苑またはシークレットガーデンとも言われ、昌徳宮の奥にあります。
主な見どころは咸陽門、芙蓉池、宙合楼、不老門、愛蓮池、尊徳亭、演慶堂です。
後苑はガイドツアーに参加しないと見学できません。
日本語ガイドは水・金・日曜日13:30からの1回です。
英語で構わなければ他の時間帯に見学できますが、人気がありますのでチケットの完売にご注意ください。
なお、1時間30分以上かかる見学ツアーの途中でもガイドに断ればツアーを終えられます。
人気の芙蓉池だけを見たければツアー開始後20分ほどで入口に引き返して別の観光に時間を掛けることができます。
・芙蓉池(プヨンジ)
池は宇宙を表しています。
池の形は地を象徴する四角。
池の中央に天を表す丸い島。
韓国ドラマ「屋根部屋のプリンス」の舞台になった場所です。
左にあるのが芙蓉亭です。
・宙合楼(チュハンヌ)
宙合楼は今でいう図書館です。
学問を研究する者たちがこの楼閣にこもって読みふけっていたそうです。
芙蓉池に面した、とても立派な建物です。
・不老門
この門を通ると老いないと言われています。
せっかくなので門をくぐってみましょう。
・尊徳亭
奥に見えるのは尊徳亭です。
尊徳亭の天井中央には2匹の龍が描かれています。
・演慶堂
23代国王・純祖 が建設を命じました。
一般士大夫の生活をまねるために住宅として建てたもので、敷地面積は約1500坪です 。
家に色がついていないのが特徴です。
内棟、舎廊棟、行廊棟、別棟によって構成されています。
女性の空間である内棟と男性の空間である舎廊棟は一般には明確に区画されますが、ここでは全体的につながっています。
完成後に純祖は時折ここに来て時を過ごしました。
慶堂の裏の建物にはオンドルがあります。
上の画像の建物下にオンドルの穴があります。
オンドルとは韓国や中国の暖房装置です。
床下の溝に熱い煙を通して床の板・石を熱することで部屋を暖かくします。
部屋をのぞいてみると、たしかに床は硬い石でした。
床が硬いだけでなく熱くもなるので座布団や布団などを上に敷いて生活します。
家の周囲の外壁には煙突があります。
オンドルの煙は地下を通ってその煙突から排出されます。
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